« 見えませんか? | トップページ | バハマ旅行記始まりです »

2008年6月15日 (日)

油壺湾

相模の国に三浦氏という氏族がいました。

遡ると平安時代になるそうですが、様々な浮沈を経て、1516年に北条早雲に滅ぼされた場所が「油壺」だそうです。

北条氏を相手に3年間も立てこもり抵抗した果てに陥落した「新井城」があったのが今の油壺マリンパークのあたりで

関東大震災の前は、三方が海で、一方は橋で、その橋を切り落としたため、長期戦が出来たとのことです。

武器や食料や、海の守りは当時有名だった三浦水軍が活躍しましたが、その拠点が陥落して新井城も万策尽き

全員自害したり、討ち死にしたという歴史があるそうです。

 

「油壺」の名前の由来は、奥まった湾で、いつも水面が穏やかだからついた名前というのが今の「冷めた」時代の定説のようです。

しかし、以前は、その時の兵士達の死体が湾に浮かび、その血が油を流したように湾に広がったことから

「油壺」と呼ばれるようになったと、というのが定説でした。(私も昔聞いた記憶があります)

 

昨日は風もあまりなく穏やかな夕暮れ時でしたが、湾にはさざ波が立っていました。

 

やはり500年前、今はヨットが我が物顔に使っているこの湾に、生死をかけた人間の情念が渦巻き、

様々な無念な思いが血とともに湾に浮かんだという歴史を残すためにも、以前の定説を継いでいきたい気がします。

 

S700_dsc00259

2008年6月14日 (クリックすると別ウインドウで大きくなります)

|

« 見えませんか? | トップページ | バハマ旅行記始まりです »

風景」カテゴリの記事

コメント

静かなきれいな夕景にそんな歴史があるのですね。
歴史を聞いてお写真を見せていただくと、深みがありますね。
いまの景色とは違うはげしい時代だったのでしょうね。

投稿: ASA | 2008年6月19日 (木) 19時40分

こんばんは、ASAさん
源平の壇ノ浦とか有名ですが、こういう場所がいたるところにあるのでしょうね。
過去の出来事を知ることで、人間の業みたいなものに思いを巡らせたり、
これからの行く末を考える上で参考にしりすることは、大切なことなんだろうなと思います。
学校の勉強もただ出来事を暗記させるだけでは歴史を学んだことにならないのに、
更に、私、理系だから歴史はまったくやらなかったし、興味もないし、と言う子供を
量産してきた教育制度は間違っているのでしょうね。

投稿: RAKUとび | 2008年6月20日 (金) 19時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 見えませんか? | トップページ | バハマ旅行記始まりです »